一緒に富士山登りたかった

息子を想う母のブログです

娘へ ありがとう

先日13回目の月命日を迎えた。


息子と会えなくなって1年と1ヶ月…

息子の後を追うことばかり考えていた私が今もこうして生きている。

少しは前向きになれたかと言うと… 全く逆。


TVで“朝のりんご”がいいとか、“納豆”を食べるといいとか、あれがいい、これがいい・・

何と健康番組の多いこと!

「そうなのね、では食べないようにしましよっ!」

と参考にしている。

1日でも早く息子のところへ行きたい。

再会を願っている。今すぐにでもいい。


死を恐れなくなると思い切りが良くなって、心配性な私が以前より余裕を持って物事を客観的に見られるようになってくるから不思議。



でもこうして私が今も生きられている理由。

それは娘。

息子と3歳違いの姉。

のんびりした姉としっかり者の弟。

いつも兄妹と間違えられた。

親も感心するほど仲のいい姉弟だった。


誕生日にはお互いプレゼント。

息子の合格祝いに娘がテーマパークへご招待。2人で出かけた。よくお喋りもしていた。


私と娘が意見の食い違いがある時、息子は必ず娘の肩を持ち、何度私は悔しい思いをしたことか…

でも本当は嬉しかった。



そんな2人だったから、息子の死は娘にも衝撃的で、ひどく憔悴しきっていた。


そんな娘が、私を気に掛けてくれる。

「死にたい…」と言った時、「私も一緒にだよ」と言ってくれた。

辛過ぎてやり場のない胸の内を話すと黙って聞き共感してくれる。

絶望の中でも、どうにか最低限とは言え、日常を送れてるのは娘がいてくれるお陰。


悲しみの渦に巻き込まれてしまった日、帰宅した娘が

「今日も泣いたでしょ。目が腫れてる 大丈夫?」

先日も 

「最近いつも下を向いてご飯食べてるよ。心配…」


あぁ駄目だぁ。娘に気を遣わせるなんて母親失格。

あの子だって精一杯の無理をして平静を保っているのに。


心配してくれる人がいる。

必要としてくれる人がいる。


それが今の私の頑張りの源になっている。


二度と娘を悲しませるようなことはしてはいけない。

娘が幸せになるのを見届けないと。

挫けそうになる心の、それだけが今の私の支え。

生き地獄の中にも一筋の明かりってあるものだ。


ありがとう。


やっぱり私の宝物は息子と娘。

いくつになっても我が子って愛おしい。

仲良し姉弟の様子をずっと見ていたかったなぁ。