一緒に富士山登りたかった

息子を想う母のブログです

ダブルパンチ

空き巣被害に遭いました。

あまりにショッキングで、気持ちが真っ逆さまに落ちています。


先日実父の法事で朝早くから出かけ夕方帰宅。

家に入ると電話台の扉が開いて中身が少しだけ散らかってる…

何で?猫が散らかした?と考えていると

2階から夫の叫び声

「泥棒が入ってる!」

慌てて2階へ駆け上がり目を疑いました。

全ての部屋の全ての引き出しが開けられ、荷物が散乱、ドラマでこんなシーン見たことあるような、

目の前の現実は一体何?

しばらく呆然として動けない。


それからはもうパニックです。


警察、鑑識の方が来て、指紋採取や現場の確認…

夜10時過ぎまで作業が続きました。


帰宅が遅くなるからと雨戸を閉めて出掛けたのが、留守を知らせることになったよう。

勝手口のガラスを割られての侵入でした。



刑事さんの話では、侵入方法、物色の仕方を見る限りとても手荒なプロの犯行とのこと

「鉢合わせしなくてよかったです。こういう人間はとても危険。不幸中の幸いと思った方がいいですよ」


それはそうだけど…そんな簡単なことでもなく、

ショックは拭えません。


現金とアクセサリーを根こそぎ

義母の遺品である指輪、弟のお嫁さんに渡すはずのものまで…

実母がホームに入居する時にもう必要ないからと譲り受けた指輪とアクセサリー

代替えのきかない大切な思い出の品、

私に託してくれた大切な品なのに、申し訳なくていたたまれない思いです。

結婚指輪に、婚約指輪、パート勤めで貯めたお金で少しずつ買い揃えた品々まで…


その上、家中を土足で歩き回った足跡があちらこちらに付いている。


腹だたしくて悔しくて悲しくて、涙がこぼれました。


時間が経てば経つほど、怒りにプラスして恐怖心が湧いてくる。

トイレに行くのも、お風呂に入るのも、誰か潜んでいるのではと怖い

ゴミ捨てに外に出るのも見張られているかもしれない恐怖


割られたガラスも、石油の高騰とコロナの影響で1ヶ月ほど納期がかかると言われ、ホームセンターで考えられる全ての防犯グッズを買ってきて、家中の窓を凌いでいる状況です。

家のリフォームで懇意にしている信頼できる工務店の方に力になってもらって応急処置。




息子を失って、普通に生活することだけで精一杯。

それでも前を向いて進まなければと…

そのきっかけになればと一念発起して引っ越して2ヶ月半

まさかこんな災難に見舞われるなんて…

新生活がスタートして直後、新年早々、つまずきました。

完全に運に見放されたんだと、立ち上がる気力さえ持てない、脱力です。


息子のことがあって以来、鉛の塊を胸に抱えて生きているよのに、更に重い鉄球がのしかかってきた感じ。

生きるってこんなに辛いことの連続なのか…

またしても舞い込んだこの試練に立ち向かう気力が湧いてきません。

早く息子のところに行きたい…

いけないとわかっていても、またそんなこと思ってしまいます。


警察の到着を待つ間に夫が言った一言が頭から離れません。

「どうしてこんなことばかり、

俺たちが何悪いことした…」




鑑識の方の話、

目を付けられたら入れない家はないそうです。

「あいつらはこれが仕事だから準備して徹底的にやりますよ」とも…

狙われないために、未然に防ぐために、

帰宅が遅くなる時は部屋の電気を付けて出る。

テレビも付けっぱなしの方がいいそうです。

洗濯物の出しっぱなしなど厳禁。

ほんの些細な心がけ、自分に出来る最大限の対策を考え実行することが大切、油断禁物です。


皆さんもどうかお気を付けください。

新年を迎えて

新年を迎えました。

今年もよろしくお願いします。



息子のいないお正月も今年で3回目

気持ちはおめでたくなくても、例年のしきたり通り準備しました。


家族3人で迎えるお正月は、どこか隙間風が吹いているような、重石がないような、落ち着かない淋しいお正月です。

きっと一緒にいてくれている…

お雑煮、おせち、大好きだったブリの照焼きを息子のお膳にも並べたけど…

姿が見えないのは悲しいです。


子供達のお宮参り、七五三、毎年の初詣で、

節目ごとに足を運んだ神社へ今年もお参りに行きました。

笑顔でお正月を迎えていた頃の息子との思い出が蘇り、さらに家族連れも多くいて、気持ちの萎える辛い初詣ででした。


お正月のもう一つ辛いこと、それは年賀状です。

近況報告を兼ねたそのハガキには、子供が就職しました、結婚しました、孫ができました…

それぞれに幸せそうな報告が書かれています。

幼い頃一緒に過ごしたママ友の幸せな報告が身を切られるように辛いです。


何が違ったんだろう。

何がいけなかったんだろう。

どうして息子の未来は消えてしまったんだろう。



中高一貫校で親しくお付き合いのあった部活の母達からの年賀状はことさら辛いです。

高校を卒業して8年

その間に3回程の集まりがあっただけ、ずっと年賀状の交換だけのお付き合いが続いています。

もちろん息子のこともご存じのはず、だから気を遣ってハガキの内容も子供のことには触れずにいてくれている、その配慮には感謝しています。

でも名前を見る度に、楽しそうに仲間達と戯れていた息子の姿が浮かび、苦しくなるのも事実です。


息子が亡くなり、もう二度と会うこともないであろう人達との年賀状に何の意味があるのだろう。

相手方も突然辞めるわけにもいかず、言葉を選びながら気を遣いながら出し続けているに違いない。

惰性で続けているこの関係を断ちたい、そう思ってしまう自分がいます。



記念日、行事は嫌です。

記憶にしっかり刻まれている思い出がありすぎて、

どうしても今のこの現実と照らし合わせてしまうから、悲しみがより一層深くなり、また暗闇へと落ちていく。


引っ越しの気忙しさで少し紛れていた悲しみがまたぶり返してきました。

こんなことの繰り返し…



娘の幸せ、

そして別世界で暮らす息子が笑顔で過ごせること、

祈るだけです。

ぎっくり腰

3日前、朝起きたら腰がかなり痛い。

突然ぎっくり腰一歩手前になっていた。

前日までは特に…、腰痛はいつものことだから余り気にしていないかった。


とにかく痛くて痛くて動けない。

靴下履けない、シャンプーできない、洗面台で顔が洗えない。

前屈みが痛くてできない。


夫の前では動く度に「痛たた…」と言いながら必死に痛いアピールをする。


「辛そうだね、安静にしてて」と夫


ぎっくり腰は3度目、対処の仕方もわかるので、

コルセット巻いて、

背中にはホカロン貼って温めて、

寝るときは以前もらっていた湿布を貼っていたら

少し痛みも軽減してきた。


それが今日、出先からの夫のメール

「明日、設備関係の書類が必要なので、ロフトから出して下に下ろしておいてください」


ロフトって屋根裏部屋…

ハシゴ出して、10センチ程の厚みのファイル3冊

その重い書類を下ろせって、私に言う?


帰宅した夫に、腰が痛くてできなかったことを言うと、自分でハシゴ出して下ろしてました。


娘は、慣れない土地でわからないだろうと、

近くの整形外科のリストをLINEで送ってきてくれた。

この違い…

こういう無意識の、何気ない言葉には傷付く。



いつも優しく気遣ってくれた息子

腰が弱いのを知って、重い荷物はいつも率先して持ってくれた


恋しい、

寂しい、

息子にこの話をしたら笑い話で終わるのに…


いつにも増して逢いたい気持ちが募る夜です。